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デイサービスの送迎後、利用者が自宅で転倒し死亡した事故を巡り、介護施設側に約1,800万円の損害賠償を命じる判決が下されました。この判決が、介護業界で大きな波紋を広げています。

デイサービス送迎後に転倒死亡事故 介護施設側に賠償命令

「過去の転倒歴を考慮すれば事故は具体的に予測できた」とし、施設側の注意義務違反を認めた今回の判決。

一見すると筋が通っているようにも思えますが、同じ現場に身を置く人間としては、「そもそもこの判決内容ってどうなの?」というモヤモヤとした疑問が残ります。

法が求める「予見可能性」や「注意義務」と、現場で日々生じている現実。その双方の間には、大きな乖離があるのではないでしょうか。

この記事を書いた人

takuma

生活相談員(社会福祉士・公認心理師・介護支援専門員)

デイサービスとショートステイで、利用者・家族・職員の“間”に立ちながら日々奮闘しています。
現場で感じた違和感や気づきを言葉にし、「学び続ける相談員」を目指して情報発信中。

・kindle出版で『対人援助一年目の教科書』『学び続ける生活相談員』発売中。

職業情報サイトへ生活相談員に関する記事提供実績あります。その他介護情報サイトへ記事提供実績もあり。

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判決に対する「違和感」の正体

裁判所の判断は一見すると筋が通っているように見えます。ですが、実際の送迎業務に携わっている者の目から見ると、「そもそもそれってどうなの?」という問いが次々と浮かび上がってきます。

1. 相手の意思を尊重した対応が「注意義務違反」になるのか?

判決では、過去の転倒歴や身体状況を事前に把握していれば事故を具体的に予測できたとし、注意義務を怠った施設側の責任が認められました。一般的にデイサービスの送迎は「ドア・トゥ・ドア(玄関から玄関まで)」が基本であり、特別な介助契約がなくても安全な場所まで送り届けることが求められます。

しかし、この「ルールの徹底」が現場でどれほど難しいか、送迎に携わった経験のある方なら痛感するはずです。

たとえ契約時に「アパートの2階玄関まで付き添う」と決めていても、実際の現場ではマニュアル通りにいかない場面が日常茶飯事のように起こります。実際の送迎時、ご利用者から「ここで大丈夫」「1人で上がれるから」と言われることは決して珍しくありません。

介護の基本は「本人の主体性や自律の尊重」です。ご本人が「大丈夫」とおっしゃっているのに、「裁判で責任を問われてしまうので、無理やり付き添います」と押し通すことが、果たして正しいケアと言えるのでしょうか。

もちろん、今回のニュースの事故において、実際に職員がご本人から「大丈夫」と断られたうえで付き添わなかったのか、具体的な現場のやり取りまでは分かりません。

しかし、もし仮にご本人の意思を汲み取った結果としての対応だったのだとすれば、その判断を後からすべて「注意義務違反」と片付けられてしまうことには、どうしても大きな疑問が残ります。

2. 「予見できたはず」という後出しジャンケンの論理

また、「過去に転倒歴があったのだから事故は具体的に予測できたはずだ」という裁判所の指摘についても、どうしても「結果論に過ぎないのではないか」という思いが拭えません。

介護現場において、高齢になればなるほど多くの方に転倒歴や歩行の不安定さが存在します。もし「過去に転倒したことがある」という事実だけで一律に「事故の予見が可能だった」とされてしまうのであれば、現場は成立しなくなってしまいます。

毎日の送迎のあらゆる瞬間で、「いまこの瞬間に階段で落ちるかもしれない」という極度の緊張感を張り詰めさせ、ご本人の「拒否」や「断り」を押し切ってまで完璧に管理し続けることは、現実的に不可能です。

事故という結果が起きてから、後出しジャンケンのように「予見できたはずだ」「注意義務を怠った」と責め立てるのは、わたしたちが日々向き合っている現場の状況を無視した、あまりにも乱暴な理想論に思えてなりません。

「職員教育の徹底」という綺麗事の限界

この判決を受けて「今後は送迎時のリスク管理や職員教育を徹底しよう」という声も聞こえてきます。

しかし、わたし自身、「リスクまで見越してその場で毅然と正しく判断できるよう、すべての職員を教育する自信はありません」というのが正直な本音です。

なぜなら、現場で起きるのはマニュアル通りの出来事ではなく、人と人との生々しいコミュニケーションだからです。

  • ルール通りに押し通そうとしてご利用者との関係が悪化するリスク

  • 本人の「大丈夫」という言葉を信じて送り届けるリスク

この双方のバランスをその場の数秒で判断し、完璧な行動をとることを全職員に求める教育など、果たして可能なのでしょうか。「教育で現場の判断力を揃える」という発想自体が、この判決と同じように現実から離れた綺麗事に感じてしまいます。

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まとめ

今回の判決は、「事業所や職員にどこまでの無限責任を負わせるのか」という恐ろしい前例を突きつけたようにも思えます。

「玄関までお送りする」という契約であっても、現場でのやり取り一つで事業所の責任が問われ、100%の判断を職員個人の肩に背負わせる現状には疑問を感じざるを得ません。

「事故が起きたから事業所の責任」「教育が足りないから再発防止策を」という単純な議論で終わらせるのではなく、法や制度が求める安全管理と、実際の対人支援の現場で可能な対応との間にある深刻なズレについて、もっと業界全体で声を上げていく必要があるのではないでょうか。