こんにちは。
生活相談員のtakuma(@takuma3104 )です。
今回は、慰問という言葉について取り上げたいと思います。
『慰問』なんて言葉、普段あまり耳にしませんよね。
私の勤めている介護施設では、地域のボランティアの方が定期的に訪れてくれて、歌や踊り、音楽の演奏などで施設利用者の方を楽しませてくれています。
そういった方々には、本当に頭の下がる思いです。
楽しいひと時を無償で提供してくださっているのですから。
そういったボランティアの方々の来訪を、『慰問』という言葉で表現されることがありますが、どうも違和感というか、引っかかるものがあります。
『慰問』とは?
【慰問(いもん)】
「不幸な境遇の人や、災害・病気で苦しんでいる人などを見舞うこと。」
と、辞書を引くと載っています。
さらには例文として、「老人ホームを慰問する」とも書いてありました。
「かわいそうな人を見舞う」という、いかにも“措置時代の産物”、“施し”的な呼び方ですね。
介護施設利用者は不幸な人なのか?
まずここで考えたいのは、介護施設の利用者は不幸な境遇の人なのか?災害・病気で苦しんでいる人なのか?ということです。
介護保険法第1条には、
『~加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他医療を要する者等について、これらの者が、尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う~』
とあります。
文面が固くて内容がわかりにくいですが、この中で『介護保険法では不幸な人や、災害や病気で苦しんでいる人にサービスを提供する』、なんてことは一言も書いてありません。
また、もう一点ここで確認しておきたいことは、介護認定を受けた人は介護施設を利用することができますが、介護認定は不幸でなくても、災害・病気で苦しんでなくても受けられるということです。
介護認定の条件は、あくまで『加齢』と『心身の変化』です。
不幸な人が介護施設を利用しているというのは、イメージです。
受け取る側の勝手なイメージによって、『施設利用者』=『かわいそうな人』というレッテルを無意識のうちに貼っているのです。
施設利用者は不幸な境遇な人なのでしょうか?
それは、本人が決めることです。
不幸な人もいるかもしれませんが、幸せな人もいます。人それぞれです。
そして、それはそれぞれの人が感じていることです。
他人によって決められることではないですよね。
無意識に遣われる言葉の恐さ
こういった言葉のやっかいなところは、無意識に遣われているということです。
無意識に『慰問』という言葉を遣うことで、私たちは施設利用者を『下の立場』として認識するようになってしまいます。
「健康な私たちに比べて不幸でかわいそうな人」という無意識な思いを、私たちは普段意識しません。
当然です。
そう思っている私を私は認めたくないからです。
でも、無意識でそう思っているのです。
だから、『慰問』という言葉を容認できる。
「老人ホーム」 「慰問」 で検索してみてください。
たくさんの方々、団体が老人ホームへの『慰問』を行っています。
冒頭に書いた通り、その行動はとても尊いことだと思うのです。
結果的に、施設利用者の方は喜んでくださっていますから。
他者に幸せな時間を提供することのできる方は、本当にすばらしいと思います。
ただですね、それを『慰問』という言葉で表現してしまえば、「不幸な境遇の人、災害・病気で苦しんでいる人を見舞う」という意思が込められてしまうのです。
せっかく幸せな時間を作ってくださっているのに、最後の最後でなんか心にぽっかり小さな穴が空いたような寂しさを感じてしまうのです。
言葉狩りは無意味かもしれないけど…
『認知症』のことを、以前は『痴呆症』と呼んでいました。
言葉が変わって認知症の一般理解が進んだかと尋ねられると、介護の現場で働く者としては特に変化はないという回答になります。
なので、言葉が変わってもそのことへの理解は進まない、というのが福祉業界の常なのかもしれません。
それほどまでに、これまでの負のイメージやレッテルが強くて拭い切れないのだと思います。
ですが、それでも言葉には気を配った方がいいと思うんですよね。
言葉を変えようとする意思がないと、そのことに対するイメージも変わっていかない気がします。
『痴呆症』から『認知症』への名称変更自体が成功だったかどうかはいずれにせよ、名称を変えたという行為自体は評価できるものではないでしょうか。
少なくとも『痴呆症』という言葉のイメージを変えたい、という意志は伝わってきます。
ですので『慰問』という言葉も、違和感を持たれるような社会になればよいなぁと思った次第です。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。