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街中で、季節外れの格好をしていたり、危なっかしい歩き方をしていたりする人を見かけたことはありませんか?

「もしかしたら認知症の方かもしれない」

「声をかけたほうがいいのかな……」

と思いつつも、どこか怖さを感じたり、どう関わっていいか迷ったりして、結局見過ごしてしまう。そんな経験を持つ方も少なくないはずです。

今回は、地域包括社会における認知症の人への見守りや声かけの難しさ、そしてお互いが無理なく共生していくための関わり方について考えてみます。

この記事を書いた人

takuma

生活相談員(社会福祉士・公認心理師・介護支援専門員)

デイサービスとショートステイで、利用者・家族・職員の“間”に立ちながら日々奮闘しています。
現場で感じた違和感や気づきを言葉にし、「学び続ける相談員」を目指して情報発信中。

・kindle出版で『対人援助一年目の教科書』『学び続ける生活相談員』発売中。

職業情報サイトへ生活相談員に関する記事提供実績あります。その他介護情報サイトへ記事提供実績もあり。

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地域で認知症を支えるという理想と現実

現在、高齢化が進む中、「地域包括ケアシステム」という言葉を耳にする機会が増えました。施設でのケアには限りがあるため、住み慣れた地域や在宅で認知症の方を支えていこうという流れが主流になっています。

その中でよく言われるのが、「困っていそうな人がいたら地域で声をかけましょう」という地域住民への呼びかけです。もちろん、これは支援の第一歩として非常に大切な正解のひとつです。

しかし、現場で働く立場として、またひとりの生活者として、この「声かけ」には難しさや葛藤が伴うのも事実です。

「声をかける怖さ」は決して冷たいことではない

たとえば、自分の子どもに「街で困っている人がいたら声をかけて助けてあげてね」と手放しで言えるかというと、正直少し怖さを感じてしまうのが本音ではないでしょうか。

第三者から見れば、その人が認知症で困っているのか、それとも危険な状態にあるのかは一目で判断できません。万が一、何らかのトラブルに巻き込まれたり、思わぬ攻撃を受けたりするリスクを考えると、見知らぬ人に積極的に声をかけるハードルは非常に高いと言えます。

「だからといって、すべてを無視していいのか」と言えば、そうではありません。「我関せず」という無関心な社会になってしまうことへの危機感もありつつ、それでも感じる「怖さ」。このジレンマを抱えている人は多いはずです。

全員が同じように関わる必要はない

地域で認知症の人を見守っていくうえで、全員が「おせっかい」なほど積極的に声をかけられる人になる必要はまったくありません。

かつては地域に世話好きの人がたくさんいたかもしれませんが、今の時代、それぞれのライフスタイルや防犯上の意識、性格の違いがあるのは当然です。

積極的に声をかけてサポートできる人がいる一方で、適度な距離感を保ちつつ、見守る(あるいは関わらない)選択をする人がいてもいい。

大切なのは、「こうでなければならない」という白黒思考や、ひとつの正解に縛られないことではないでしょうか。

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おわりに

認知症の方との関わりも、地域社会のあり方も、人と人との関係性である以上、これが唯一の正解というマニュアルはありません。

「積極的に関わること」も、「怖さを感じて一歩引くこと」も、どちらもそれぞれの人間らしい感覚です。正解をひとつに絞るのではなく、多様な関わり方や価値観が自然に混ざり合い、許容されていく地域。そんなグラデーションのある空気感こそが、これからの時代には必要なのかもしれません。