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みなさんは日常の中で、「障害者」という言葉の表記について意識したことはあるでしょうか。

最近、公的な書類やニュース、SNSなどで「障害者」の「害」の字をひらがなにして、「障がい者」と書かれているのを本当によく見かけます。この言葉の書き換えの動きについて、みなさんはどう感じているでしょうか。

この記事を書いた人

takuma

生活相談員(社会福祉士・公認心理師・介護支援専門員)

デイサービスとショートステイで、利用者・家族・職員の“間”に立ちながら日々奮闘しています。
現場で感じた違和感や気づきを言葉にし、「学び続ける相談員」を目指して情報発信中。

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言葉の「印象」を変える試み

「害」という漢字が持つネガティブなイメージを和らげようとする配慮は、今の時代の流れと言えるかもしれません。

過去を振り返れば、かつて「痴呆(ちほう)」と呼ばれていた言葉が「認知症」に変わり、世間の印象や理解が少しずつ変わっていったという歴史もあります。名称を変えることで、社会の認識をアップデートしていくアプローチは、確かに必要な一面もあるのだと思います。

最近では「チャレンジド(挑戦という使命を与えられた人)」といった新しい呼び方も生まれています。しかし、こうした表記や呼び方の変更に、わたしは少し違う視点を持ってしまうことがあります。

「小手先の対応」になっていないかという違和感

言葉の表記だけを整えることは、果たして本質的な解決につながっているのでしょうか。

  • 「害」をひらがなにしただけで、何かが変わるのか?

  • 「障」という字も、見方によってはあまり良い印象ではないのではないか?

  • 「チャレンジド」という枠組みに当てはめること自体に、違和感はないか?

これらの一連の動きに対して、わたし個人としては、どこか「小手先」の対処療法のような感覚を抱いてしまうのです。

言葉の表面だけを優しく整えても、そこにある根深い問題——社会的な壁や偏見——がそのまま残っているのであれば、それは根本的な解決とは言えません。

だからこそ、わたしは基本的には、今でもこれまで通り漢字で「障害者」と書くようにしています。

大切なのは「どう呼ぶか」よりも「どう考えるか」

もちろん、これはあくまでわたし個人の感想です。世間の動きに対してどうこう言うつもりは全くありませんし、それぞれの考え方が色濃く出る部分だと思います。言葉の印象に傷つく人がいる以上、配慮によって救われる思いをする方がいるのも事実です。

ただ、もし言葉を変えるのであれば、表面的な書き換えではなく、もっと劇的で抜本的な変化が必要なのではないでしょうか。

大切なのは、世間の表記がどうあれ、その言葉の裏側にある根深い問題に、わたしたちひとりひとりがどう考えるかという点です。

 

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おわりに

言葉は生き物であり、時代とともに変わっていくものです。だからこそ、ただ周囲に合わせるだけでなく、「なぜ変えるのか」「変えることで何が変わるのか」を立ち止まって考えていくことが必要なのだと感じています。

みなさんは、身近な言葉の「表記」について、どんな風に感じていますか?