「お願いだから、今日帰らせてちょうだい」
ショートステイの現場で、この言葉を聞いたことがない職員はいないでしょう。切実な表情で訴えられるたび、胸が締め付けられるような思いをしたり、どう返すべきか迷ってしまったりすることもありますよね。
ショートステイというサービスは、その特性上「本人が望んで来ている」ケースは極めて稀です。多くの場合、そこには「家族の事情」が介在しています。
今回は、生活相談員の視点から、この「帰りたい」という訴えにどう向き合うべきか、そして現場スタッフが陥りやすい「感情の罠」をどう乗り越えるかについて深く掘り下げてみたいと思います。
takuma
生活相談員(社会福祉士・公認心理師・介護支援専門員)
デイサービスとショートステイで、利用者・家族・職員の“間”に立ちながら日々奮闘しています。
現場で感じた違和感や気づきを言葉にし、「学び続ける相談員」を目指して情報発信中。
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ショートステイは「本人の意思」だけで成り立たない
まず前提として理解しておきたいのは、ショートステイの利用背景です。 独居で不安だから自ら希望して……という方もゼロではありませんが、大多数は「家族が冠婚葬祭で不在にする」「介護負担を軽減(レスパイト)して共倒れを防ぐ」といった理由で利用が始まります。
つまり、本人の「帰りたくない(=家にいたい)」という意思と、家族の「預かってほしい(=家での生活を続けたい)」という意思が最初から衝突している状態なのです。
ホテルや病院であれば、本人の意思で「帰る」という選択が比較的容易ですが、ショートステイは「あらかじめ決められた期間、在宅生活を維持するために利用する」という契約に基づいたサービスです。この構造的なジレンマが、現場の葛藤を生む根源となっています。
現場スタッフが陥りやすい「感情の罠」
目の前で一生懸命に「帰りたい」と訴える利用者さんと長時間接している介護スタッフほど、その純粋な思いに突き動かされやすくなります。
「こんなに泣いて嫌がっているのに、なぜ無理に泊める必要があるのか」
「家族は冷たいのではないか」
「ケアマネジャーや相談員は、なぜ本人の気持ちを汲んでくれないのか」
このように、利用者の感情に強く同調しすぎてしまうことがあります。これは援助職として「優しい」証拠でもありますが、一歩間違えると、支援チーム内に対立構造を作ってしまう危うさを孕んでいます。
プロとして大切なのは、利用者の思いに寄り添いつつも、一歩引いて「なぜ今、この方はここにいるのか?」という背景を俯瞰して見ることです。
「帰さないこと」が「守ること」になる現実
もし、本人の強い要望に負けて無理やり帰宅させたとしたら、その後はどうなるでしょうか。
準備が整っていない家庭に帰れば、家族が疲弊し、最悪の場合は虐待や介護放棄、あるいは「もう家では看られない」と施設入所へのスピードが早まってしまうかもしれません。今、ショートステイを利用して家族が休息をとることは、結果として「一日でも長く、住み慣れた家で暮らす」ための防衛策なのです。
現場で訴えを聞くスタッフは「点(今の感情)」を見ていますが、相談員やケアマネジャーは「線(生活の継続)」を見ています。この視点の違いを理解し合うことが、チームケアの第一歩になります。
「代弁」とは、感情をそのままぶつけることではない
とはいえ、本人の訴えを無視していいわけではありません。むしろ、本人が直接言えない思いを周りに伝える「代弁(アドボカシー)」は、現場スタッフの重要な役割です。
ポイントは、感情的に同調するのではなく、「事実を客観的に報告する」ことです。
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× 感情的な報告:「〇〇さんが可哀想です!あんなに泣いているんだから、帰らせてあげられませんか?」
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○ 客観的な報告:「本日は夕食時から1時間ほど強い帰宅願望があり、玄関まで向かわれる動作が繰り返されました。背景には寂しさや、自宅への不安があるようです。ご家族やケアマネさんに、この状況を共有しておけますか?」
このように報告することで、相談員やケアマネジャーは「次回の利用期間の調整」や「家での困りごとの再アセスメント」といった、具体的な次のステップへ進むことができます。
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終わりに
「話を聞くことしかできない」という無力感に苛まれることもあるでしょう。しかし、その「聞くこと」こそが最大のケアです。
利用者の要望をすべて叶えることが正しい支援とは限りません。本人の気持ちをしっかりと受け止めつつ、事実は事実として淡々とチームに繋いでいく。そうすることで、あなた自身が利用者の感情に飲み込まれ、燃え尽きてしまうのを防ぐことができます。
ショートステイは、在宅生活という長い道のりの中にある「中継地点」です。 目の前の「帰りたい」という言葉に、プロとしてどう折り合いをつけ、どうチームで支えていくか。この記事が、日々葛藤する皆さんの心の整理に少しでも役立てば幸いです。

