令和2年6月1日に厚生労働省から発出された「新型コロナウイルス感染症に係る介護サービス事業所の人員基準等の臨時的な取り扱いについて(第12報)」(以下、「第12報」)により、デイサービスやショートステイなどのいわゆる通所系サービスは、特例として介護報酬を追加算定できることになった。「新型コロナウイルス感染拡大防止の対応を適切に評価する」ことがこの特例の狙いであるという。
特に通所系のサービスは、コロナウイルスの影響によって約6割の事業所が収入減となっている実態があり、国は通所系介護サービス事業所にこの特例を算定させることによって、収入の補填としたい訳である。
この「第12報」が発出されてから今日に至るまで、わたしの勤務するデイサービス・ショートステイでは、この特例算定をどう取り扱ったらよいものか、事業所内で議論を重ねてきた。その結果、われわれの事業所ではこの特例を算定することを見送るという結論に至った。
この特例は諸問題を含んでおり、われわれの事業所としては厚労省の趣旨に賛同できなかった、ということがその理由である。
ここでは、いったいこの特例算定のどこに問題があるのかということを、通所系サービス事業所側の視点に立ってお伝えしたいと思う。
事業所の救済にかかる費用を利用者が負担する
「第12報」が発出されて、まずわれわれの事業所内で話題に上ったのは、「この特例を算定することで利用者に自己負担を求めることになってしまう」ということだ。
冒頭でも触れた、この「第12報」が発出された目的をもう一度思い出していただきたい。
この制度の趣旨は、「新型コロナウイルスの感染拡大防止のための通所系介護サービスの対応を適切に評価すること」である。つまり、この追加報酬は、新型コロナウイルスが原因で経営に打撃を受けた介護事業所を救済することが目的である。
新型コロナウイルスの流行は、いわば国全体の問題である。そうであるならば、事業所の救済にかかる財源はすべて国が補填する、というのが筋ではないだろうか。その財源を税金という形で広く国民から徴収するということはあるかもしれないが、追加報酬にかかる負担の一部を利用者個人に求めることはあってはならない。
確かに、通所系介護サービスは今回の新型コロナウイルスの影響により、相当な影響を受けている。しかしそれと同様に、利用者もまたこのコロナ禍によって肉体的にも、そして経済的にも疲弊しているのではないだろうか。
生活の維持に必要不可欠である介護サービスを利用している人に、事業所の救済にかかる費用の一部を負担させるというこの制度は、ナンセンスであるとしか言いようがない。
拭い切れない不公平感
次にわれわれが思い悩んだことは、「仮にこの特例を算定するとしても、全ての利用者から等しくいただくというわけではない」ということだ。
「第12報」には、この特例は「利用者からの事前の同意を得られた場合に」介護報酬を算定できる、と記載されている。つまり、あらかじめ説明をして同意を得られなかった方に対しては、この介護報酬を算定することができないのだ。
このことについて、「公平性に欠くのではないか」という意見が上がった。
同じ内容の介護サービスを利用したにもかかわらず、ある利用者は同意をしたために利用料が増額され、もう一方の同意をしていない利用者は料金が据え置かれる。この事実を、われわれ事業者側は、どのように利用者へ説明をしたらよいのだろう。
さらに問題が深刻なのは、区分支給限度額ぎりぎりで介護サービスを利用している人だろう。この特例を算定したとしても、区分支給限度額は変わらない。もし、この特例を算定したことによって、区分支給限度額を超えてしまったら、その分の費用は保険適用外、つまり10割の自己負担となる。限度額を超えないように、利用予定であった介護サービスを減らさなければならない状況も発生することだろう。その人が本当に必要としているサービスを減らさざるを得ない状況が、発生してしまうのである。
事実、われわれの事業所と別の事業所のデイサービスを利用している方は、別の事業所で特例報酬を算定することによって限度額をオーバーしてしまい、われわれの事業所の利用回数を削ることになってしまった、ということが起きた。もうすでに影響は出てきているのである。
信頼を失わないような取り扱いが必要
われわれの事業所では、冒頭でも述べたように、議論の末にこの特例報酬を算定しないことを選んだ。いくら国からのお墨付きであっても、われわれの価値基準に基づいて判断した結果、算定しないことにした。このような最終判断をしてくれた経営陣を、わたしはとても誇らしく思っている。一方で、この特例を算定する事業所は、「きちんと取り扱わないと、事業所の信頼を失う可能性がある」ということを考慮する必要がある、と思っている。
先に述べた通り、この特例算定には非常に問題が多い。これはひとえにこの制度を作った国側の問題である。とはいえ、悪法も法であることに変わりはない。あくまでも国家のルールに則って決められた制度であり、事業所がこの特例を算定すること自体には何の問題もない。算定すると決めた事業所は、粛々と算定すべきだと思う。
しかし、ひとつ注意しなければいけないことがある。それは、誠意をもって利用者へ説明し、同意を得たうえで算定することである。紙っぺら一枚渡しただけで、説明責任を果たしたつもりになっては決してならない。これはケアマネに対しても同様である。特にケアマネは、この算定にかかる調整しても何の得もないわけである。むしろ、「面倒くさい業務がひとつ増えた」と、否定的に捉える者も多いのではないか(事実、われわれの事業所のケアマネがそうだった)。そういった相手の気持ちもわからず、ただ事務的に「算定することになりました」と言われたらどうだろう。協力する気になどなれないのが、人情というものだ。
そしてそれは、国がわれわれ事業所にしていることと一緒である。そこに血は通っていない。われわれ事業所は、こんな悪法に振り乱されることなく、誠心誠意、利用者や家族、ケアマネと向き合っていかなければならない。さもなければ、たとえ金銭的な収入を得られたとしても、利用者やその家族、ケアマネからの信頼は失う結果となるだろう。
おわりに
ここまで、「第12報」の特例算定の問題点について述べてきた。
やはり、コロナ禍における通所系介護サービスの減収は利用者に負担させず、国が直接事業所を救済すべきだろう。一刻も早く、この制度が公平性の高いものへと改正されることを願っている。
しかし、厚労省の頭のいい役人が考えた制度である。このような制度にしたのも、何か裏があってのことなのだろう。「次回の報酬改定のための布石なのでは?」などと勘ぐってしまうのは、おそらくわたしだけではないはずだ。