医療ソーシャルワーカー(MSW)として働き始めて、はじめて面接を担当したときのことを今でもよく覚えています。右も左もわからない一年目のころです。
「まずは制度やサービスについてしっかり説明することが自分の役割」そんな思い込みを胸に、はじめての面接に臨みました。そして、その経験は「マニュアル通りじゃ伝わらない」という現実に気づかされる貴重な機会となりました。
takuma
生活相談員(社会福祉士・公認心理師・介護支援専門員)
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はじめての面接で直面した“壁”
MSW一年目のわたしが最初に担当したのは、これから介護保険の申請を考えている患者さんのご家族への面接でした。
この日のために介護保険制度の内容を頭に詰め込んで、説明の流れも頭の中でシミュレーション済み。緊張しながらも、「しっかり説明して、ご理解いただくことが大事」と自分に言い聞かせました。
実際の面接では、予定通り介護保険制度の内容や申請の流れ、利用できるサービスの概要を説明しました。自分としては「分かりやすく伝える」ことに必死だったのですが、話し終えてご家族の顔を見ると、どこか納得しきれていない様子でした。
「何か質問はありませんか?」と尋ねても、明確な返答はありません。ですが、その場に漂う“もやもや感”やご家族の不安げな表情に、自分の説明が空回りしていたということがわかりました。
説明“だけ”では支援にならない
その面接の後、先輩のMSWにフィードバックをもらいました。
「説明することは大事だけど、それだけじゃ足りないよ。利用者さんやご家族が、何に困っているのか、どこが不安なのかをまずちゃんと聴いてみて。そこが見えてこそ、初めて“支援”がスタートするんだよ」
この言葉に、わたしはハッとさせられました。
それまでは、“サービス内容を一方的に伝える”ことが仕事だと思っていました。実際には“相手の現状や不安、課題を一緒に見つけていく”ことこそが、最初にやるべきことでした。
“不安の正体”を見つけ、一緒に解決策を探す
面接に来られる方は、ほとんどがはじめて介護保険サービスを利用しようとする方や、そのご家族です。「どんなサービスがあるのか分からない」「家での介護をこれからどうしていけばいいか不安」「仕事との両立はできるのか」など、表には出さなくても、いろいろな不安や悩みを抱えています。
わたしは「説明すれば良い」というスタンスから、「まず何に困っているのかをしっかり聴く」ことにシフトしました。
「今、どんなことが一番不安ですか?」「どんな場面が一番大変ですか?」といった具体的な質問を投げかけることで、患者さんやご家族が少しずつその思いを話してくれるようになりました。
たとえば、「昼間は仕事で家を空ける時間が長いので、お母さんがひとりになってしまうのが心配」「お風呂やトイレの介助が負担になってきた」といった声。
そこに対して、「日中、見守りやレクリエーションができるデイサービスがありますよ」「訪問介護を利用すれば、ご自宅での入浴や排せつのサポートができます」と、“今ある困りごと”に直接つながるサービスを提案していきます。
ただ資料を読み上げるだけでなく、相手の不安や困難に目を向け、一緒に「どうすればいいか」を考えていく。この“歩調を合わせる”姿勢が、結果的に安心感や信頼関係につながっていくのだと、少しずつ実感できるようになりました。
家族構成と“実際の介護者”を丁寧に確認する
もうひとつ、面接のなかでとても大切だと気づいたのは「家族構成」や「実際の介護者が誰なのか」の確認です。
たとえば、同居しているご家族がいても、実際に介護を担っているのは別の家族だったり、遠方に住む子どもが頻繁に通ってきてサポートしているケースもあります。
「ご家族のなかで、普段どなたが一番介護されていますか?」「日常生活のなかで困っていることは、どなたが一番大変に感じていますか?」といった質問を丁寧に投げかけることで、“見えにくい役割分担”や“家族の中の本音”が少しずつ明らかになります。
ここをしっかり把握することで、サービスの利用提案もより実情に合ったものにできるし、家族全体をサポートする視点を持つこともできます。
答えを押し付けず「一緒に考える」姿勢
一年目のわたしは、どこか「専門職として正しい答えを用意しなければ」と気負っていた部分がありました。しかし実際は、「こうするべき」と答えを決めつけて押し付けるのではなく、「一緒にどうしていくか考えましょう」という姿勢のほうが、患者さんやご家族の安心や納得につながることが多いです。
「どのサービスを選べばいいのか分からない」「自分たちに合った利用方法を知りたい」という不安に対して、情報を伝えるだけでなく、「どんな形が合っているのか一緒に考えていきましょう」と伝えることで、会話の雰囲気も柔らかくなり、相手の表情もほぐれていくと思います。
伝える“技術”より、向き合う“姿勢”を大切に
振り返れば、わたし自身、最初は“伝える技術”ばかりに気を取られていました。でも、実際に患者さんやご家族が求めているのは、「自分たちの気持ちや状況を理解してくれる人」「一緒に課題解決を考えてくれる人」だと思います。
もちろん、専門的な知識や制度の正しい説明も大切です。しかし、それだけでは信頼は生まれません。
まずは「あなたは今、どんなことに困っていますか?」「その気持ちや状況に合わせて、一緒にサービスを考えていきましょう」という、“歩みを合わせる”姿勢が大切だと、今では強く感じています。
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おわりに
「マニュアル通りじゃ伝わらない」という壁にぶつかったMSW一年目の経験は、今の自分にとって大きな財産です。
説明することに必死だったわたしですが、相手の不安や困りごとにしっかり目を向け、実際の介護者や家族構成も含めて“共に考える”ことが面接の技術であり、支援のスタート地点だと気づきました。
これからMSWを目指す方や、同じように悩んでいる新人の方へ。ぜひ、「相手と向き合い、一緒に答えを探していく姿勢」を大切にしてください。
それこそが、制度やサービスの説明以上に、大きな安心や信頼につながると、わたしは実感思います。