介護・福祉情報室

特別視しないことは特別視だってことを「考える障害者」を読んで考えた

※当サイトではアフィリエイト広告を使用しています

「小人症」って知ってますか?

小人症(こびとしょう、dwarfism)とは、著明な低身長を示す病態のこと。

(Wikipediaより引用)

わたしの小中学校の同級生に、小人症の人がいました。

彼はお笑い芸人を目指して東京へ行ったのですが、挫折して地元へ戻ってきました。

同窓会で彼はこう言っていました。

「障害者がボケたり叩かれたりするのを見ると、お客さんにかわいそうって思われる。笑いが取れない。」

もちろん、小人症=障害者ではありませんが、彼は自身を「障害者」という言葉を用いて表現していました。

つまり、「面白いか面白くないか」よりも「障害者である」ということがお客さんの中で勝ってしまい、面白さが評価されないってことなのでしょう。

まぁ、ウケないのは彼の実力不足という点もあるとは思いますが(笑)

そんなお笑いの世界で、1994年のデビュー以来“身体障害者お笑いタレント”として活躍されているのが、この本「考える障害者」の著者、ホーキング青山さんです。

考えさせられることが多い本でしたが、ここではその中から、「障害者を特別な存在としてみること」について取り上げてみたいと思います。

 

「障害のある人を特別視してはいけない

っていう空気感ってあると思います。

この空気感は

特別扱いをすることで、障害者に「自分は障害者である」ということを意識させてしまうから、障害者も健常者も同じように接しましょう。

ていう考え方からくるものだと思います。

「障害者を特別扱いしてはいけない」ということについて、ホーキング青山さんは、

障害者のそばにいる人たちは逆に「自分たちは障害者を『特別な存在』とみていない」という強い意識がある。皮肉にも、この意識がまた、結局障害者を「特別な存在」にしてしまい、自立や社会進出を阻む壁になってしまうケースも見られるのである。

と、本書の中で述べています。

つまり、「特別視しない」ということもそれはそれで「特別視」なわけなのですから、「障害のある人を特別視しない」というロジックは成り立たないんですよね。

わたしは、「だったらいっそ障害という弱さを素直に特別視する」というスタンスのほうが潔いんじゃないかなぁって思います。

もちろん、障害のある人に障害を感じさせるような言動をあえてとる必要はないと思います。

ですが、障害という弱みを持っている人に対して、その弱みを見て見ぬふりして「人間みな平等」、「障害は個性」というきれいごとで片づけていくのは、違うんじゃないかなぁって思うんです。

ああだこうだ言い訳を作ってその結果弱い人が救われないんだったら、さっさと特別視をして救ったほうがいい、とわたしは考えます。

わたしの好きな伊坂幸太郎さんの小説「砂漠」で、西嶋はこう言います。

「目の前で、子供が泣いているとしますよね。銃で誰かに打たれそうだとしますよね。その時に、正義とは何だろう、とか考えててどうするんですか?助けちゃえばいいんですよ」(伊坂幸太郎 『砂漠』より)

 

目の前の人を救うべきか、救わないほうがその人のためかと難しいことは考えずシンプルに、弱い人はバンバン助けちゃうっていうのが支援する側のスタンスとして大切じゃないかなって思いました。

この記事を書いた人

takuma

生活相談員(社会福祉士・介護支援専門員)。

デイサービスとショートステイの「生活相談員」という仕事を10年以上続けています。

このサイト「生活相談員ラボ」では、「現役の強みを生かした、現場感覚のある情報発信」をコンセプトに、生活相談員をはじめたばかりの人やこれから生活相談員になる人の役に立つ記事を書いています。

詳しい自己紹介はこちら