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『認知症の私から見える社会』ブックレビュー

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支援者としての立場で、わたしはこの本を読んだ。

読み終えて今、思っていることは

「わたしは認知症当事者の気持ちを聴こうとしていなかった」

ということ。

自分が支援の対象としていたのは、あくまでもわたしが頭の中でイメージした認知症当事者だ。

目の前にいるその人ではない。

もし本当にその人のことを理解したいなら、直接その人から話を聴くはずだ。

支援者としてのわたしは、目の前の認知症当事者にわたしのイメージを当てはめている。

極めて自分勝手なイメージを、だ。

わたしは目の前のその人でなく、わたしのイメージの中の認知症当事者に、どのように支援するか考える。

わたしのイメージの中にいる認知症当事者は、こんな人だ。

何もできない

すぐに忘れてしまう

だから、話をしても意味がない

認知症に対するわたしの偏見は、わたし自身でも驚くほどネガティブなのだ。

 

さらに、わたしの間違いは続く。

わたしは認知症当事者との関わりにおいて、「効率」を求めてしまう。

つまり、早く問題解決したいと思ってしまうのだ。

認知症当事者は、意思の疎通が難しい。

じっくり時間をかけて聴かないと、話がわからない。

時間をかけて話を聴いたところで、それが真意かどうか疑わしい。

そして何より、じっくり話を聴く余裕がわたしにはない。

 

そしてわたしは、認知症当事者の話をうまく「あしらう」術を覚えていった。

話を聴かなくなったのだ。

 

認知症当事者と比べて、家族の話は論理的で筋が通っている。

こちらの提案にもすぐに理解を示してくれ、肯定的なリアクションを返してくれる。

つまり、話が早い。

スムーズに事が運んで、気持ちいい。

効率的なのだ。

これが、わたしが認知症当事者でなく家族の話を聴く理由だ。

自分でも知らず知らずのうちに認知症当事者を避け、家族とばかり話していたのだろう。

そのことにわたし自身無自覚なのが、たちが悪い。

 

そんなことに気付かせてくれる本だった。

 

鈍感は人間最大の悪だ。

元プロ野球監督である野村克也氏は、こう言っている。

支援者もそうあらねばならない、と思った。

目の前の人から目を背けてはいけない。

きちんと向き合って、機微を察しなければいけない。

認知症当事者からの声を聴き、改めて支援者に求められる繊細さとはどういうものか、考えさせられた。

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